天田財団30年史「人を育て、知を拓き、未来を創る ~天田財団30年の軌跡~」
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世界制覇に乗り出してきた経緯は、今さら説明を要さないであろう。人―技術関係の変質しかしながら、人口増加に依拠する技術力の拡大とその効果をめぐる20世紀前半までの経緯と、20世紀後半以降の状況とは大きく異なる。すなわち、概略的に言えば、1960年代までの技術・または技術力は、その核心的な部分において、人力(知力・体力を含む)に頼らざるを得ないものであった。コンベヤーラインに作業者が取り付いて組立作業をしていた工場も、工作機械を並べて熟練作業員が部品加工を行っていた工場も、実は、同じように、技術の核心部分を人間が管理し操作していた、という意味で、人間依存型の技術基盤の上で、製造・加工が行われていたのが実態である。ところが、20世紀も残り四半世紀となった1970年代より本格的に活用が始まったコンピュータの働きにより、それまで人間が担ってきた仕事の多くを、コンピュータとそれにより指示され制御される機械設備が代行することになった。それまで、1台の加工機械に1人の作業者が付いて操作することが当たり前であった製造現場が一変し、数台~数十台の加工機械が、コンピュータを介して1人の作業者によって操作されることが可能となった。一例を挙げれば、鉄鋼業では、総延長が数百mの圧延ラインを1~3人のオペレーターが運転することも珍しくなくなった。すなわち、コンピュータの活用により、製造現場における人間と機械の役割、および、得られる効果が、質・量ともに、あるいは、本質的に、大きく変化したのである。その結果、生産力や技術革新力は、保持する技術の内容や質によって大きく左右され、従事する人間の数に直結的に支配されるものではなくなった。換言すれば、かつて唱えられた人口減少に起因する生産力・技術力の低下は既に過去の事象となり、今や、優れた発想があれば、少数精鋭の技術者集団・専門家集団への研究開発の委託、国際的な製造専門企業を利用した独自製品の大量生産も可能になり、強力な生産力・技術革新力の維持ができる状況が生まれている。幸い、わが国においては、かかる課題解決への環境や有力手段ならびに基幹技術が整っている。現在まさに劇的に進化・拡大しつつある情報技術・ロボット技術・人工知能技術・他に類を見ないほどに発達した高機能加工機械・産業機器、信頼性の高い計測制御機器・画像技術などがそれである。膨大な情報・データの収集・蓄積と分析・整理、人工知能による学習・判断、それらの結果に基づいて縦横に活動するロボット群が、人間に代わって働き、充実した社会機能や豊かな人間生活を支える高度情報化産業社会のための条件・環境は整っている。かかる産業社会を目指すことこそが、わが国が持続的繁栄を維持し、世界を先導できる道である。その実現へ向かって全力を注ぐことがわれわれに課せられた責務である。知識の集積こそ進化の原動力ここで、わが国が保持する上記基幹技術のいくつかについて、現況を見てみよう。情報技術に関しては、その収集・伝送・蓄積技術の進歩・充実には目覚ましいものがある。また、情報検出、あるいは、情報分析のための数学的・統計学的な理論・演算手法等については、当該分野で蓄積された体系がある。問題は、情報・データを創出する機能の充実である。また、その活用に必要な知識の蓄積である。現状、いわゆる 知識ベース(K-B)・情報ベース(I-B)・データベース(D-B)が提供され広く利用されているが、それらは一般的使用に供されている共用的なものであり、厳しい技術競争に勝ち抜く上で、あるいは優位性を獲得する上で、有用なツールとは言えない。革新を目指す企業や個人は、自らの要求を満足できるK-D、I-D、D-Bを独自に構築する戦略が求められる。(なお、知識・情報・データは、"広義の知識"と考えることができるので、以下一括して知識と表記する。)かつて、知識工学や知識経営が叫ばれ、多くの研究者や専門家(と称する人たち)が、問題解決の決定的理論であり手段であるかのごとく喧伝したが、結局、注目に値するほどの成果は得られず、片隅に追いやられてしまった。その原因は、彼らが議論したのは、知識そのものをいかにして創出するかではなく、十分な知識があれば何ができるかという、知識22特別寄稿

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