天田財団30年史「人を育て、知を拓き、未来を創る ~天田財団30年の軌跡~」
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年代項目19世紀(塑性力学確立以降)~1945年1945年~降伏条件Tresca(1864)Huber(1904)Von Mises(1913)Hill(1948、1979、1990)構成式1. 基礎理論Levy(1871)- Mises(1913)Prandtl(1921)Hencky(1923)Prandtl - Reuss(1930)Nadai(1937)2. 繰り返し塑性モデル(バウシンガー効果の表現)スラブ法Karman(1925)Siebel(1928)Orowan(1943)すべり線場法上界法Prandtl(1921)、Hencky(1923)、Sachs(1927)、Geiringer(1930)Markov(1947)有限要素法(FEM)結晶塑性理論Taylor(1938)▶19世紀(塑性力学確立以降)~1964 (昭和39)年 [塑性力学理論の変遷]3. 1900~1940年代  1921年にプラントル(Prandtl、独)は、剛塑性材料のパンチの押込みにおいて最大せん断応力方向を結んだ「すべり線場理論」を展開した。1923年にはヘンキー(Hencky、独)が塑性変形体内部の釣合いを表す偏微分方程式から「すべり線場理論」をほぼ完成させるとともに「全ひずみ理論(応力とひずみが線形の関係)」を提案した。1924年に降伏条件を応力で偏微分して塑性ひずみを求める「塑性ポテンシャル」の概念を導入した点も特筆される。 1928年、ジーベル(Siebel、独)は塑性加工の近似計算に「スラブ法」を導入し、具体的な鍛造の例で数値計算を展開、その実用性を示した。カルマン(Karman、ハンガリー)は、1925年に「カルマンの圧延方程式」と知られているスラブ法による圧延基礎式を完成させ、現象の本質を理論的に説明した。同方程式は現在でも初学者のバイブル的な理論となっている。また、1927年にはザックス(Sachs、独)は、引抜き応力のスラブ法解析を発表した。ジーベルの研究室に留学した中原益治郎は、1935年に著書「金属塑性学」を発刊した。1930年にロイス(Reuss、独)が弾性と塑性が共存する状態でのひずみ速度と応力の関係式「Prandtl-Reuss」の式を構築し、この時点でトレスカからミーゼスへの流れを汲む塑性流動の速度型構成式の集大成が成し遂げられた。 1937年、ナダイ(Nadai、ハンガリー)が有名な「八面体せん断応力」により、「せん断ひずみエネルギー説」の降伏現象を幾何学的、具体的に説明した。1950年には「Theory of Flow and Fracture of Solids」を発刊し、初学者に広く読まれた。 1950年、天才的な研究者ヒル(Hill、英)が29才のときに発刊した「The Mathematical Theory of Plasticity」は、現在の塑性力学教科書のベースをつくった名著である。(しかし、難解なため、初学者向120研究開発と助成の変遷

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