天田財団30年史「人を育て、知を拓き、未来を創る ~天田財団30年の軌跡~」
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た16)。昭和36年「日本塑性加工学会」に発展し、現在に至っているのはご承知の通りである。 昭和56年(1981年)、天皇陛下からお茶のお招きを受けた席上で、福井伸二は日本の金属加工の発展の「思い」をつぎのように語っている17)。"私は昭和7年から金属板を素材料とする基礎研究を故大河内正敏博士のもとで始めることができました。戦後になりますと民生用の応用が盛んになり、特に自動車のボディが大きな目標の1つとなりました。しかし、昭和27年頃までは、乗用車を国産化するのは無理、ボディに使う薄鋼板を造るのは不可能、加工技術は米国に絶対かなわぬ、との意見が大勢でございました。昭和35年、私が学士院賞を頂いたさいは、国産乗用車が欧米に追付き輸出も少し始まったころでした。その後の進歩はご承知の通りで、世界一に達しました。もう1つは冷間鍛造でございます。昭和25年頃から多くの協同研究者と基礎研究に努め、その成果は30年頃から自転車業界、35年頃から自動車業界も取り入れて行きました。その後の進展は、実は私も予想しえなかった次第でございます。今後とも及ばず乍らたゆまない努力を続けて参りたいと存じております"と話が終わってから、陛下は"素材料がよいと言うことだね"と尋ねられ、福井は"特殊な物を除き、一般に世界一の水準に達しております"とのお答えをしている。"今回、陛下に素材料がよいとのご認識を頂いたのは誠にありがたいことだと思います"と感想を述べられている。5. おわりに 幕末も、戦後も、現在も共通する最も重要な施策は人財育成である。鈴木弘は東京大学を退官後「鈴木学校」を開設、産業界の研究者・技術者の育成に尽力し、その卒業生は2,000名を超えるとされている18)。天田財団の助成もこの30年間で延べ約1,500人にのぼるであろう。 現在20代の若者はその50%が100歳まで寿命が伸びると予測されている19)。60歳定年後の残り40年間を、年金だけで生きがいを全うするのは至難の業である。したがって80歳まで仕事を継続するか、あるいは社会貢献するための自己改革が必要となる。100歳は87.3万時間、1つの専門学術をマスターするには1万時間必要とされており、1日8時間費やすとしてほぼ3年強、すなわち博士後期課程に相当する期間となる。そのためには伊勢神宮の式年遷宮のように40歳、60歳と20年ごとに社会の進歩あるいは自己変革に応じて、専門領域を建て変える必要があろう。そこに将来の大学の役割があると考えられる。社会経験のない高校生に、機械や材料さらには金属加工に興味を持てと強いても無理がある。大学はそろそろ高校生の狭い市場から脱し、海原のように広がる社会人にターゲットを向ける必要がある。社会人は学びの「思い」がより具体的、より切実だからだ。 さて幕末や戦後の歴史に見るように、エンジニアには"自分はこうしたい"と強烈な「思い」があった。血管を切ると赤い血の替わりに"ああしたい、こうしたい"との「思い」が溢れ出てくるかのようだ20)。そのようなエンジニアこそがどのように技術が変遷したとしても、大事を成すことを幕末や戦後の歴史が証明している。 モノづくり復権のためにはSteve Jobsの名言 "Stay Hungry. Stay Foolish."21)がすべてを物語っていると著者は考えている。参考文献1)東京人編:江戸の理系は世界水準,東京人,321,2012-2,都市出版2)司馬遼太郎:明治という国家[上,下],1994,NHK出版3)杉谷昭:鍋島閑叟,2004,中公新書4)鍋島報效会編:生誕200年記念展鍋島正直公,2014,公益財団法人鍋島報效会5)洋泉社編:鉄砲・大砲大図鑑,2014,洋泉社MOOK6)鍋島報效会編:蒸気軍艦を入手せよ,2015,公益財団法人鍋島報效会7)松尾龍之介:幕末の奇跡, 2015, 弦書房8)「幕末佐賀藩の科学技術」編集委員会:幕末佐賀藩の科学技術 [上,下], 2016, 岩田書店9)PHP編:鍋島直正と近代化に挑んだ男たち,歴史街道,2016-3,PHP10)中江秀雄:大砲からみた幕末明治,2016,法政大学出版局11)植松三十里:明治なりわいの魁, 2017, ウェッジ12)國雄行:佐野常民,2013,佐賀県立佐賀城本丸歴史館13)宮永孝:万延元年の遣米使節団,2006,講談社学術文庫14)山本詔一:小栗上野介と横須賀,2007,横須賀市15)山本詔一:ヴェルニーと横須賀,2013,横須賀市16)鈴木弘:塑性と加工,42-484(2001-5),371-372.17)福井伸二:塑性と加工,23-252(1982-1),14-15.18)木内学:塑性と加工,51-588(2010-1),21-22.19)リンダ・グラットンほか:LIFE SHIFT,2016,東洋経済20)稲守和夫:生き方,2004,サンマーク出版21)上野陽子:スティーブ・ジョブズに学ぶ英語プレゼン, 2012, 日経BP117

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